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○ 「千社札の秘密」

うららかな春の日差しが穏やかな空気を漂わせる4月半ば。
花丘イサミは同級生の月影トシ、雪見ソウシと一緒に先祖の意志を継ぎ、“新選組”を結成した。
それから二日後、穏やかな世間とは反対に、イサミ達が新選組の打ち合わせ場所にしている花丘家
の蔵の中では穏やかでない雰囲気が漂っていた。
「アレはヤッパリ、カッコ悪すぎる!」
顔を真っ赤にしてトシが大声を張り上げる。
そんなトシの様子をイサミとソウシの二人は冷ややかな目で見ていた。
「アレ、お前が書いたんだよな。」
ソウシは視線以上に冷めた言葉をトシに投げつける。
長年の友人だけに、ソウシの言葉は氷の刃のようにトシの心臓を鋭く突き刺す。
「そうね、私もソウシ君もアレを書く気は無かったモンね。」
イサミも同じくトシに冷たく話す。
憎からず思っているイサミにそう言われるのは、ソウシのそれと同じくらい衝撃的だった。
立て続けの精神的な攻撃の前に、トシはもう半泣き寸前だった。
そんなトシの気持ちを知ってか知らずか、二人の毒舌はまだ続く。
「ヤッパリ“しんせん組三上”じゃあネェ〜」
「カッコ悪すぎるよネェ〜」
イサミとソウシが調子を合わせる。

一昨日、新選組の初仕事としてビルに立て篭もった強盗犯三人組を倒した後、トシがメモに走り書き
したメッセージが「しんせん組三上」だった。
それがニュース等でそのまま流されてしまい、「しんせん組の三上さんって誰?」ということになった。
これではいくらなんでもあんまりな為、トシはメッセージをどうするか?ということでみんなを集めたの
だった。

「あのナァ〜、悪い奴をやっつけたらカッコイイメッセージを残すのがヒーローのお約束だろ!」
半泣き状態を振り切るように、トシは絶叫する。

それでも二人の反応は冷たかった。
イサミは「そうだっけ?」と首を傾げ、ソウシは「サァ〜?」と両手を上に広げながら頭を振る。
「そうなの!!」
顔を更に紅くし、顔中に汗を流しながらトシは荒々しい口調で話しつづける。
「今、オレ達新選組に必要なのはカッコイイメッセージなんだ!!」
二人を押さえ込まんばかりの勢いで、トシは断言した。
「確かに“しんせん組三上”は情け無いわよね。」
イサミがようやくトシに同意する。
彼女の発言はほとんどホンネだったが、『これ以上いじめちゃチョッとかわいそうだもんネ』というトシに
対する同情も含まれていた。
「しょうがないな。一肌脱ぐことにしようか。」
ソウシもイサミと同じ気持ちから重い腰を上げることにした。
「それでこそ、オレ達新選組の仲間だぜ!」
ようやく二人の同意を得ることができ、トシはややオーバーな表情で喜びを表した。
「で、メッセージはどんなのがいいの?」
イサミがトシに尋ねる。
「そりゃ、当然“新選組参上”だぜ!」
「“しんせん組三上”じゃ無くてね。」
トシの言葉を受けて、イサミがチョッとイヤミっぽく突っ込む。
「イサミィ〜。」
思わずトシが半泣きになる。
「ゴメン、ゴメン。」
「マァマァ、機嫌を直して・・・。」
イサミとソウシが笑いながらトシをなだめる。

閑話休題

「で、メッセージの文字は“新選組参上”に決まったけどどんなのを書くの?」
イサミは次の話題に進める。
「ヘッヘッへ、それはだな」
トシは自信タップリに、高笑いしたくなる気持ちを抑えるように、静かに笑いながら話す。
「オッ、なにか企んでいるな?」
そんなトシを見て、ソウシは次の一言を楽しげに待ち構えていた。
「ナニ?ナニ?」
イサミも好奇心を抑えられないようにトシが何をするのか楽しみにしていた。
「それはこれだ!」
トシが大声とともにカバンから取り出したのは赤地に黒の枠線、黒い寄席文字が書かれた長方形の
紙片だった。
「何?これ?」
見慣れない紙片を前にイサミはトシに尋ねた。
「コイツはなァ、千社札と言って神社の社殿に貼ってあるヤツなんだ。」
トシは自慢げに話した。
「へェ〜!」
イサミは初めて見る千社札を感心しながら見ていた。
「で、コイツをどうするんだ?」
ソウシがトシに尋ねた。
「わかんないかナァ?コイツを元に“新選組参上”のメッセージを作るんだよ。」
トシはソウシに諭すように言った。
「なるほど。お前にしちゃよく考えているなあ。」
感心したようにソウシは言った。
「ヘッへ〜ん。オレだってやる時はやるぜ。」
トシは得意そうに答える。
「で、これどうやって書くの?」
イサミがトシに尋ねた。
「そりゃお前、筆と墨と紙に決まっているだろ。」
「で、誰が書くの?」
「そりゃ、お前・・・。」
ここまでイサミの問い掛けに即答してきたトシだったが、返事につまってしまった。
「お前、習字ヘタだったよナァ。」
ソウシがすかさずトシに突っ込みを入れる。
習字が苦手なトシにとって、キツイ一言であった。
自分の欠点を指摘されて、トシはつい腹を立ててしまった。
「そういうお前はどうなんだ?」
逆ギレ気味にトシはソウシに絡んだ。
「お前、何年付き合っているんだ?」
ソウシの冷めた口調がすべてを物語っていた。
「じゃあイサミ、お前はどうなんだ?」
感情の昂ぶりがまだ収まらないトシは、今度はイサミに振ってみた。
「エッ、私?アハッアハッ」
笑ってごまかすイサミを見て、「聞かないでってことね。」
ため息混じりにトシとソウシはつぶやいた。
しばらく間を置いて、イサミが話した。
「ネエ、おじいちゃんに書いてもらおうか?」
「いいネェ、それ。イサミちゃんのおじいさんならこんな字ぐらい簡単に書けるよ。」
イサミの提案にソウシが同意を示した。
しかし、「ダメだ、ダメだ。オレ達の正体がバレてしまう。」
トシが強硬に反対する。
「イイじゃない。上手くごまかせば。」
ソウシは飄々とした口調で言うが、トシの考えは変わらなかった。
そんなトシとソウシのやり取りを横目で見ながら、イサミは別のことを考えていた。
やがて、彼女が突然叫んだ。
「こうなったら私達で書きましょう!」
「エェッ〜!!」
その言葉を聞いてトシとソウシは驚きの声をあげた。
「だって、他の人に書いてもらえないのなら私達自身でやらなきゃならないでしょ!例え、今が下手で
も数をこなせばキット上手くなるわよ。」
イサミの言葉にトシが先ず同意した。
「そうだな。人間成せばナスだ!オレ達三人の力を合わせれば何とかなる!」
「お前、それを言うなら“成せば成る”だろ。」
気色ばむトシにソウシが冷めた口調で一言いった。

しばらくして、イサミたちは大江戸小学校5年3組の教室に入った。
教室に置きっぱなしにしていた習字の道具箱を取りに来たのである。
すでに日が傾き始め、校庭で遊んでいる生徒の姿もまばらだった。
「ネェ、せっかく来たんだから、しばらくここで字の練習をしてみない?」
イサミが二人に提案する。
「そうだね。今からイサミちゃんの家の蔵に戻ってから練習をするのも時間が勿体無いからね。」
ソウシが同意する。
「さすがに放課後のこんな時間なら他に来るヤツもいないから、問題ないだろう。」
トシもイサミの提案に同意した。
三人は早速、墨と筆を用意し、字を書き始めた。
だが、決して習字が上手いとは言い難い三人が短時間の練習で満足できるような字が書けるほど現
実は甘く無かった。
「ア〜アッ、上手くいかないナァ」
早速、トシが弱音を吐く。
「なによ、トシ。もうギブアップするの?」
「人間成せば成るじゃなかったのか?」
イサミとソウシは呆れたように言う。
「わかったよ。もうチョッとがんばる。」
渋々ながらトシは答えた。
そんなやり取りの後、小一時間が過ぎた頃には三人揃って参ってしまった。
「今更だけど、習字って本当に難しいわね。」
ため息混じりにイサミが弱音を吐く。
「普通の習字とは違う書体だけに余計にね。」
ソウシが力の無い声で付け加える。
トシはもはや弱音を吐く気も無くしていた。
そんな三人から更にやる気を奪うように、夕日の赤い光が教室の中に差し込んできた。
赤い光に照らされたイサミ達はすっかり黙り込み、教室の中は静けさに満ちていた。
そんな時、「あなた達、こんな時間に何をしているの?」
静かだった教室に思いがけない人の声が響き渡った。
思わぬ出来事に驚いた三人は、声がした教室の扉に視線を移した。
「たっ、高木先生!!」
イサミ達5年3組の担任、高木はるか先生がそこにいた。
教室に現れたはるか先生を見て、イサミ達は「新選組参上」の字を書いているところを見られたんじゃ
ないかと内心焦った。
「下校時間はとっくに過ぎてるんだから、早くお帰りなさい。」
イサミ達の内心を知る由もないはるか先生は、優しく諭すようにイサミ達に話した。
「ハッ、ハイ!」
その場を飛びあがりそうな勢いで、イサミ達は裏返った声で返事をした。
一瞬どうなるかとビクビクしたものの、はるか先生には自分達がやっていたことは気付かれなかった
様である。
そう思って安心したように、イサミ達は机の上を片付け始めた。
ところが、「あら?お習字の練習をしていたのね。」
何気なく言ったはるか先生の声がイサミ達の心臓をえぐるように響く。
「イッ、イエ、その。」
驚きのあまり、イサミ達ははるか先生にチャンと返事ができなくなった。
「フ〜ン、何を書いていたのかな?」
好奇心いっぱいのはるか先生がイサミ達に近づき始めた。
「イヤァ〜、何でもありませんよ。」
バラを片手にソウシがはるか先生の側にいきなり現れた。
「なんて美しいんだ。夕日に映えるはるか先生。」
ウットリとした口調でソウシははるか先生を口説き始める。
「アラ?先生、そんなに綺麗なの?」
頬を薄っすらと染めながら、はるか先生は嬉しそうな顔で答える。
「当然ですよ。こんなに美しい先生を間近に見られるなんて、ボクは世界一の幸せ者だ。」
ソウシはスッカリ自分の言葉に浸ってしまっている。
「もう、ソウシ君たら、おマセさん。」
笑いながら、はるか先生は指で軽くソウシの頭を小突く。
それをソウシはチョッとだらしない顔で受ける。
そんな二人のやり取りを見て、イサミはあきれ返りながらトシに問い掛ける。
「ネエ、トシ。」
「なんだよ。」
「ソウシ君って、前からあんなの?」
「ああ、前からあんなんだ。」
同じ様にあきれ返りながら、トシは憮然とした声で答えた。
片付けるのを忘れてソウシとはるか先生のやり取りを見ていたイサミとトシは、先ほどまでの緊張感を
すっかり忘れかけていた。
その時、「そうそう、あなた達何を書いていたのかな?」
はるか先生の関心がこちらに戻って、二人は慌てふためいて片付け始めた。
「せっ、先生・・・?!」
はるか先生が立ち去った後、ソウシは自分の口説きがまったく通じなかったことにガックリしていた。
そんなソウシを無視するように、はるか先生はどんどんイサミ達の側に近寄ってきた。
「隠さなくてもいいじゃない。先生、字が上手くなくても文句言わないから。」
はるか先生はそう言いながら半紙に向かって手を伸ばそうとする。
「ダメ!見ちゃ。」
ついイサミがキツイ口調で言ってしまった。
その言葉を聞いた途端、はるか先生の様子が一変した。
「イッ、イサミちゃん。」
先ほどまでの楽しげな感じとは打って変わって、はるか先生の口調は悲しそうな声色になり、両目が
涙で潤んできた。
「せっ、先生。」
まったく予期せぬはるか先生のリアクションにイサミは戸惑った。
「イサミちゃん、先生のことが嫌いなの?」
ウルウルお眼々のはるか先生がイサミに話し掛ける。
「イサミちゃんが転校生だからといって、他の生徒と区別するようなことはしていないつもりよ。先生、5
年3組の生徒はみんなみんな大好きなのよ。それなのに、それなのに!」
はるか先生は今にも涙が零れ落ちそうになっている両目でイサミを見つめていた。
「泣かないで下さい、先生。私も高木先生のこと大好きですよ。」
イサミははるか先生の様子を見て、たまらずそう言ってしまった。
「本当に?」
はるか先生は振り絞るような声でイサミに尋ねた。
「本当です!」
イサミはキッパリと答えた。
「ありがとう!イサミちゃん。」
言うや否や、はるか先生はイサミをギュッと抱きしめた。
突然の出来事に、抱きしめられたイサミは頭の中は真っ白、顔を真っ赤にし、手をバタバタさせてしま
った。
頭の中が真っ白になったのはイサミだけでなく、横で見ていたトシやソウシまで度肝を抜かれてしまっ
た。
三人がすっかり茫然自失になっている隙に、はるか先生は机の上の半紙を素早く手に取った。
「何が書いてあるのかナァ?」
慌てふためくイサミ達を尻目に、はるか先生は手に取った半紙を興味津々な様子で見る。
教会のチャペルのようにイサミ達の心臓の音は高く、早く鳴り響いた。
そんなイサミ達にはお構いなしにはるか先生は半紙の文字を読み始めた。
「え〜と、新選組・・・参上?!」
その声を聞いた途端、イサミ達は足許が崩れ去るような錯覚を感じた。
イヤ、三人とも現実に腰を抜かしつつあった。
「あなた達!これって?!」
はるか先生の声がイサミ達の全身を貫きわたる。
もうとても立つことができず、その場にへたり込んでしまった。
『どうしよう?』
『正体がばれるかも!?』
『何たる運命の皮肉!』
イサミ、トシ、ソウシはそれぞれの心の中で叫んだ。
そんなイサミ達の前に、半紙を手に持ったはるか先生が迫ってきた。
はるか先生のメガネが夕日の逆光を浴びて不気味に光る。
教室の壁に映るはるか先生の影がまるで巨大な魔物の様に見えてきた。
普段はまったく気にならない足音さえも、なぜか耳に響いてくる。
イサミはもちろん、トシやソウシでさえ、はるか先生をここまで恐ろしく感じたことは無かった。
もはや逃げることも言い逃れることもできず、イサミ達は覚悟を決めたように目をつぶっていた。
「これって!?」
普段と変わらないはずのはるか先生の声が、今のイサミ達には全身を打ちのめすくらいの迫力に満
ちていた。
『パパ!パパ!!』
どうしようもない状況に、イサミは心の中で父に助けを求めていた。
そんなイサミの心を知るか知らぬか、はるか先生が次の一言を発した。
心臓が爆発寸前になっていたイサミは、はるか先生の口から死刑判決に等しい言葉が出るものだと
思っていた。
「これって、お習字の自由課題の練習ね。」
はるか先生の思いがけない発言に、イサミ達は声をあげてズッコケた。
「モォ〜、それならそうとおっしゃいなさいよ。何もコソコソすることなんか無いんだから。」
はるか先生はにこやかな顔でそう言いながら、へたり込んだイサミ達を起こしてやる。
「バレちゃった。さすが!はるか先生。」
笑いながら答えるイサミだが、心の中でははるか先生と何とか話しを合わせて、その場を逃れようと
考えていた。
「こんな遅くまでがんばっているんだから、先生が特別にお手本を書いてあげるわね。」

「エッ!?」
楽しげに語るはるか先生の言葉に、イサミ達三人は声をあげて驚いた。
「なに?今の『エッ!?』って?」
はるか先生がイサミ達に向かって不審の目を向ける。
「イエイエ、何でもありません。」
そんなはるか先生の目を、イサミは何とかごまかそうとした。
「いいんですか?先生。オレ達だけ贔屓して?」
トシがわざとはるか先生に失礼な言い方をした。
ともかく、早くこの場を去ってもらいたいという一心で、後先のことなど何も考えていなかった。
しかし、トシの思惑も虚しくはるか先生は微笑みながら答えた。
「ウ〜ン、他のみんなには内緒よ。先生とあなた達だけのヒ・ミ・ツ」
はるか先生は意に介さず、筆を取って“新選組参上”の文字を書き始めた。
さすがに教師だけあって中々の達筆であった。
字を見たイサミ達も思わず感嘆の声をあげたくらいである。
その文字を見たソウシは一計を案じた。
「ネェ、先生。寄席文字って書けます?」
「書けなくは無いけど、どうするの?」
ソウシの頼みにはるか先生は首を傾げながら尋ねた。
「イヤァ〜、一度生でそういう文字が見たかったもんで。」
「フ〜ン、変なことに興味があるのね?」
ソウシの言葉にはるか先生が腑に落ちない顔をしたのを見たトシとイサミがフォローに回る。
「イヤァ〜、コイツ昔から変なんですよ。」
「そう、変、変」
イサミとトシの間に挟まれ、笑われながらそう言われたソウシはチョッとムッとした顔になったものの、
ここは黙って二人に合わせるしかなかった。
「マァ、いいわ。先生が書くところを見ていなさい。」
そう言うや否や、はるか先生は見事な寄席文字で“新選組参上”の文字を書き上げた。
「オォ〜!!」
再び、イサミ達三人は感嘆の声を上げた。
その声を聞いて気をよくしたはるか先生は「どう?先生にできないことは無いのよ。」と得意満面に言
った。
「スゴイ!スゴイ!」
イサミは心底感心したように言う。
「恐るべし!その自信!!」
ソウシは誰に言うことも無くつぶやいた。
「サァ、もう遅いから早く片付けて帰りなさいね。」
「ハ〜イ。」
はるか先生の言葉に、上機嫌な声で答えるイサミ達三人であった。

しかし、学校から出てからトシの表情は段々、不機嫌になっていった。
「ネェ、トシ。何でさっきから不機嫌なの?」
イサミはさっきからトシの様子が気になって仕方が無かった。
だが、トシは黙ってムスッとしていた。
「そうだぞ、トシ。せっかくはるか先生が字を書いてくれたんだから。不機嫌になる必要なんて無いじゃ
ないか。」
にこやかな顔を浮かべ、ソウシがトシに話し掛ける。
「高木先生にバレる。」
トシがボソッと喋った。
「なにが?」
「なにがって、オレ達の正体に決まっているだろう!!」
途端にトシが爆発したようにソウシを怒鳴つけた。
「なんだ、そんなことか?」
トシの怒りにお構いなく、ソウシは飄々とした調子で答える。
「そんなことだと?お前、ナニ考えているんだ!?」
そんなソウシにトシの怒りは収まらない。
「心配するなよ。チャンと考えているよ。二人ともついて来て。」
イサミとトシは顔を見合わせた後、ソウシの後について行った。
先ず、コンビニエンス・ストアに入り、セルフサービスのコピー機の前に立った。
「イサミちゃん、高木先生に書いてもらった寄席文字の紙を出して。」
ソウシに言われてイサミは例の紙をカバンから取り出した。
ソウシはイサミから受け取った紙をコピー機にセットする。
「先ず、縮小コピーをとる。」
「それから?」
イサミはソウシが何をやるのか興味深く見ていたが、トシはまだ不機嫌そうに頬を膨らませながら横
目で見ていた。
その後、ソウシはイサミ達を連れて本屋の雪見堂、すなわち自分の家に帰っていった。
店番をしていたソウシの母・オリエが三人を出迎える。
「お帰りなさい。アラ?トシ君。それにイサミちゃん、いらっしゃい。」
「こんにちは。」
「どうも。」
イサミは愛想よくオリエに挨拶をしたが、トシはまだ不機嫌だったせいか無愛想だった。
「しばらく部屋にいるからね。」
ソウシはオリエに一言断った後、イサミ達を自室に招いた。
「サテッと。」
カバンを部屋に置くと、ソウシはすぐに押入れの中を探りはじめた。
何が出てくるのか?
イサミは好奇心いっぱいの眼で見ていた。
一方、トシは無関心を装いながら、ソウシの様子を遠目で見ていた。
しばらくしてから、ソウシは押入れから何かを出してきた。
「なんだコリャ?」
ソウシが押入れから取り出したものを見て、イサミとほぼ同時に、そして彼女より大声を出したのはト
シだった。
「フフフ。これこそが秘密兵器ぷりんと・がっこうさ。」
「ぷりんと・がっこう?」
「あの年賀状を作るのに使うヤツか?」
ソウシの得意そうな口調に対し、イサミとトシがそれぞれ驚きの声をあげた。
「こいつを使って、さっき縮小コピーした高木先生の字で千社札を作るのさ。」
「なるほど!」
ソウシの言葉にトシは感心しきりであった。
「これなら印刷代も安いし、それに印刷所を使わないから、そこから正体がバレる恐れもないからね。」
「さすが、ソウシ君!チャンと考えているわね。」
イサミもトシ同様に感心していたが、「でも、筆跡で高木先生にバレないかな?」と不安げに言った。
「その点なら大丈夫!ぷりんと・がっこうなら原版をいじって、筆跡をごまかすこともできるからね。」
そんなイサミの不安を払拭するようにソウシは断言した。
「なるほどね。」イサミはひとしきり感心した後、「それならおじいちゃんに書いてもらってもよかったんじ
ゃ?」と思い出したように言った。
「だから、最初はそのつもりだったんだよ。それをトシのヤツが!」
イサミとソウシの冷たい視線を感じ、トシは冷や汗をかいた。
「悪かったよ。全部オレが悪いんだよ!」
「そう、わかればよろしい。」
いじけたトシの言葉にイサミがすかさず突っ込む。
「イッ、イサミ〜。」
トシは半泣きになってしまった。
「冗談。冗談よ。」
笑いながら、トシを慰めるイサミだった。
そんな二人を横目にソウシはぷりんと・がっこうで千社札を作り始めていた。
「ヨシ!できたよ。」
ソウシがイサミ達に声をかけた。
「オォ〜!!」
「スゴイ!スゴイ!!」
トシとイサミはそれぞれ感嘆の声をあげた。
そこには見事な「新選組参上」と書かれた赤地に黒字の千社札があった。

その夜の大江戸小学校の職員室。

はるか先生は一人、テストの採点をしていた。
やがて作業が一段落した後、メガネを外し、目をつぶってため息をついた。
そして「新選組参上、か。」と静かにつぶやいた。
やがて、目を見開いた彼女の目には鋭い光が宿っていた。
それは、大江戸小学校の人間が誰一人見たことも無い、厳しい表情だった。

この日からである。
はるか先生がイサミ達を5年3組の担任としてだけでなく、もう一つの顔、すなわち、瑠美之流忍者頭
領・くノ一はるかとしても見るようになったのは。
今ここにもう一つの秘密の扉は開かれたのである。
(終)


製作: John-Jin さん 
登録日: 2002/06/10

5周年記念に、John-JinさんからこだわりP史上初となる
SS(ショート・ストーリー)をいただきました。感謝感謝。
ちなみに本編の題2話と3話の間のお話です。
私だけで楽しんでいてはいけませんのですね、やっぱ。
というわけで皆さまにもおすそわけです。

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